〜訴訟リスク・ケガのリスクをゼロに近づけるために、今すぐできること〜
近年、日本でもパーソナルトレーニングの需要が急増しています。健康意識の高まりやSNSでのフィットネス情報の普及により、認定パーソナルトレーナーの数は年々増加しています。しかしその一方で、クライアントがケガをしたり、トレーナーが法的トラブルに巻き込まれるケースも増えてきているのが現状です。
「トレーニングは体に良いもの」というイメージは正しいです。しかし、科学的根拠に基づき、安全かつ効果的に実施されることが大前提です。このコラムでは、NSCAジャパンが日本語で発信してきた最新の専門資料をもとに、現役トレーナーへの注意喚起と、トレーニングを受けるクライアントへのアドバイスをわかりやすくお伝えします。
1. パーソナルトレーナーとは何者か?「資格があれば良い」わけではない
NSCAの定義によれば、パーソナルトレーナーとは「個別のアプローチを用いて、クライアントの健康とフィットネスのニーズに関して、評価・動機付け・教育・トレーニングを行う健康およびフィットネスの専門家」です。そして「安全で効果的なエクササイズプログラムを作成し、緊急事態には適切に対応し、必要な場合はクライアントを他の医療専門職に照会する」責任があります。
ところが、現実には知識と実際の行動にズレがあるトレーナーが多いことが、複数の研究で明らかになっています。オーストラリアの研究では、パーソナルトレーナーの栄養知識は一般人とほぼ変わらないレベルであり、それどころか自分の知識を過大評価する傾向があることが示されました(Ekkekakis et al., 2016; McKean et al., 2019)。
さらに深刻なのが「誤認識(misconception)」の問題です。「腹筋をすればお腹が凹む(部分痩せができる)」「タンパク質は多ければ多いほど筋肉が増える」「乳酸が疲労の主な原因だ」といった誤った知識を持つトレーナーが現在も一定数存在し、学位の有無よりも批判的思考力(クリティカルシンキング)の欠如が誤認識の根本原因であることが指摘されています(Jolley, 2019)。
資格があることと、正しい知識を持っていることは別の話です。 クライアントはトレーナー選びの際、資格の種類だけでなく、継続的な学習姿勢も確認することが重要です。
2. 運動を始める前の「健康評価スクリーニング」はなぜ必要か
トレーニングによる事故やケガを防ぐための最初の砦が「運動参加前の健康評価スクリーニング」です。これを省略することは、トレーナーにとって法的リスクの増大に直結します。
アメリカスポーツ医学会(ACSM)は2016年にスクリーニングの推奨事項を大幅に改定しました。以前のガイドラインは危険因子分析に基づく複雑なリスク分類を採用していましたが、過剰な医師への照会を招き、かえって運動への障壁になっていたという研究結果を受けて、よりシンプルかつ実用的な内容に変わりました。
新しいスクリーニングで確認すべき3つのポイントは以下のとおりです。
- 現在の運動習慣レベル(習慣的に運動しているか、強度はどの程度か)
- 心臓血管系・代謝性疾患・腎疾患の有無と主な徴候・症状(胸の痛み、息切れ、めまい、足首の浮腫など)
- 希望する運動の強度
これらに加え、PAR-Q+(身体活動質問票)の活用も推奨されています。PAR-Q+は7つの質問からなる自己記入式のスクリーニングツールで、すべての質問に「いいえ」と答えた場合は低〜中強度の運動による合併症リスクが低いと判断できます。いずれかに「はい」と答えた場合は、医師への照会が必要です。
PAR-Q+を使用せずにトレーニングを開始させた場合、万が一クライアントに問題が発生すれば、トレーナーは適切なスクリーニングを怠ったとして法的責任を問われる可能性があります。
3. 血圧ガイドラインの変更と、トレーナーが知っておくべき対応
2017年、米国心臓病学会(ACC)とアメリカ心臓協会(AHA)が血圧の新ガイドラインを発表し、高血圧の診断基準が引き下げられました。これにより、米国成人の約半数が高血圧に分類されるようになりました。
| 分類 | 収縮期血圧(SBP) | 拡張期血圧(DBP) |
|---|---|---|
| 正常 | 120mmHg未満 かつ | 80mmHg未満 |
| 正常高値血圧 | 120〜129mmHg かつ | 80mmHg未満 |
| Ⅰ度高血圧症 | 130〜139mmHg または | 80〜89mmHg |
| Ⅱ度高血圧症 | 140mmHg以上 または | 90mmHg以上 |
| 高血圧クリーゼ | 180mmHg以上 および/または | 120mmHg以上 |
(2017年版 ACC/AHA ガイドラインより)
ただし、ACSMは運動指導の実務においてはJNC8(2014年版)の基準を継続採用しています。具体的には、安静時血圧が160/90以上の場合は、医師の許可を得るまで運動を開始させてはいけないというのがACSMのガイドラインです。
パーソナルトレーナーの実務への応用として、以下が推奨されます。
- 高血圧のクライアントとの最初の数セッションでは、セッション開始前に安静時血圧を確認する
- セッション前に「トレーニングのレディネス質問」(気分、薬の服用状況、前回のセッションへの反応など)を必ず行う
- RPE(主観的運動強度)スケールを使って低強度から始め、ゆっくり漸進させる
- 高強度運動は心臓血管系疾患の発症リスクを高めるため、最初の約2ヶ月は「移行期」として設定する
4. 「痛みを持つクライアント」への誤った対応が招くリスク
多くのパーソナルトレーナーは、筋骨格系の痛みを抱えるクライアントを担当します。しかし、「痛みがある部位を使わなければ大丈夫」という単純な考え方は、現代の痛みの神経科学とは一致していません。
最新の研究では、慢性痛は組織の損傷の程度を正確に反映していないことが示されています。慢性的な腰痛、線維筋痛症、変形性関節症などでは、脳が「組織への危険」を過剰に認識することが痛みの持続につながっていることがわかっています(Moseley, 2007)。
これを理解せずに「痛いのに無理させる」または「痛みがあるから動かさない」という二択に走ると、どちらも状態を悪化させる可能性があります。
慢性痛クライアントへのトレーナーの正しいアプローチは以下の通りです。
- 理学療法士など医療専門職と連携する(単独で判断しない)
- 有酸素性エクササイズ、レジスタンスエクササイズ、水中エクササイズなど、特定の様式が優れているわけではなく、クライアントに合ったものを選択する
- 指導スタイルは「講義型」ではなく「対話型(ソクラテス型)」を意識し、クライアント自身が気づき、判断できるよう導く
- 「安全な学習環境」を作ること——クライアントが否定的な評価を恐れずフィードバックできる雰囲気が回復の土台になる
5. 「座りがちな状態(Sedentariness)」は運動不足とは別問題
「週に3回ジムに行っている」クライアントでも、仕事中に8〜10時間座り続けていれば、健康上のリスクは依然として高い状態にあります。
これは近年の研究で明確になってきた新しいパラダイムで、「座位行動(sedentary behavior)」は、運動不足とは別の、独立した健康リスク要因であることが示されています。エネルギー消費量が1.5METs未満の座った・もたれた・横になった状態が長時間続くことは、代謝、身体機能、健康状態に運動不足とは異なる悪影響を与えます(Tremblay et al., 2010)。
宇宙飛行やベッドレストの研究からは、荷重を受ける機会が減ることが、骨密度の低下、筋量の減少、心肺機能の低下、さらには認知機能の低下にまでつながることが示されています。
パーソナルトレーナーへの実践的な示唆は次の通りです。
- スクリーニング時に「1日何時間デスクワークをしているか」「テレビを何時間見るか」を質問に加える
- 長時間座り続けてきたクライアントに対して、すぐに高強度トレーニングを行うことは避ける(腱や骨などの組織機能が低下している可能性があるため)
- セッション外でも「運動を伴わない身体活動(NEPA)」——コマーシャル中に立つ、電話中に歩く、短い散歩を取り入れる——を積極的に推奨する
6. トレーナーとしての「職業上の責任」を理解する
最後に、トレーナー自身のビジネスと法的立場について触れておきます。
日本でも、パーソナルトレーナーが「従業員」として働くか「独立請負業者(フリーランス)」として働くかによって、保険・税務・業務の義務・法的責任が大きく異なります。この区別を曖昧なまま働き続けることは、万が一の際に大きなリスクを招きます。
特に注意すべきポイントは以下の通りです。
- 職業賠償責任保険:従業員は施設の保険に含まれることが多いが、独立請負業者は自ら加入する必要がある
- スクリーニングの記録保持:PAR-Q+の回答や健康評価の結果を記録として残しておくことで、万が一の際のトレーナーの適切な行動を証明できる
- 実践範囲(Scope of Practice)の遵守:栄養指導、医療的診断、処方薬の変更などはトレーナーの職域外であり、越境すると法的リスクになる
まとめ:「良いパーソナルトレーナー」の5つの条件
トレーナーを探しているクライアントも、自分自身を見直したいトレーナーも、以下の5点を指標にしてみてください。
- 最新のガイドライン(ACSM・NSCAなど)を継続的に学んでいる
- 運動開始前に必ずPAR-Q+などの健康評価スクリーニングを実施する
- 批判的思考力があり、SNSや口コミではなく科学的根拠に基づいてアドバイスをする
- 自分の職域(Scope of Practice)を理解し、医療専門職との適切な連携ができる
- クライアントとのコミュニケーションを大切にし、安全で前向きなトレーニング環境を作れる
トレーニングは正しく行えば、健康・体力・生活の質を大きく向上させる素晴らしい手段です。しかしそれは、知識と倫理と安全管理が揃ったトレーナーのもとで行われてこそです。
ライム・パフォーマンス株式会社では、科学的根拠に基づいた安全で効果的なトレーニング指導を提供しています。トレーナーの質と安全管理にこだわる私たちのサービスに、ぜひ一度ご相談ください。
参考文献・資料出典
- NSCA Japan「健康評価スクリーニングと最新の血圧ガイドラインおよび認定パーソナルトレーナーにおけるその活用」Strength and Conditioning Journal Vol.43 No.6(Jeff Young, B.S., 2021)
- NSCA Japan PTQ「パーソナルトレーナーの知識における誤認識を正す」(Dan Jolley, PhD, 2024)
- NSCA Japan PTQ「運動と持続的な筋骨格系の痛み-パーソナルトレーナーのためのレビューと提言」(Gary Stebbing, PGDIP, CSCS, Vol.5 Issue 2)
- NSCA Japan PTQ「座りがちの状態、ディコンディショニングに関するパーソナルトレーナーの実用的な検討事項」(Gary Stebbing, PGDIP, CSCS, Vol.5 Issue 3)
- NSCA Japan PTQ「独立請負業者と従業員」(Robert Linkul, M.S., CSCS, Vol.4 Issue 2)
- American College of Sports Medicine. ACSM’s Guidelines for Exercise Testing and Prescription (11th ed.), 2021.
- ACC/AHA Hypertension Guidelines, 2017.

