スポーツ現場では、テクニカルコーチ、ストレングス&コンディショニングコーチ、アスレティックトレーナーや理学療法士など、多くのスタッフがアスリートのサポートに携 わり、技術やトレーニング、リハビリの指導が行われる。そして現場の指導では、動作を習得、改善させようとする過程で様々な注意が行われている。
例えば、野球の指導現場であれば「きた球を打て」、「腕を内側から出すようにして打て」という指示や、トレーニング指導では「動作中は胸をはれ」「動作中はシャツを前にむけろ」などが注意として行われていることがある。
また、選手自身もフォームの習得や動作改善させようとする時に、使用している用具にフォーカスさせる場合もあれば、自身の身体にフォーカスすることもある。
Adam et al.(2016)は「言葉による指導、指示、そしてフィードバックは、パフォーマンス向上に適した情報を伝えるという点で、コーチングの過程で欠かせない要素であり、練習や競技会で行われるコミュニケーションにおける3つの柱である」と述べている。練習などで行われるコミュニケ―ションは、練習前に行われるスキルなどの説明による指導、練習やエクササイズ中の短い声かけは指示、練習後などに行われるコ ーチや映像などからの情報はフィードバックに分けることができる(Adam et al. 2016)。
スポーツ現場で行う指示や指導の中で行われる注意は、内的なフォーカスと外的なフォーカスに分けられる。内的なフォーカスは、主に自分の身体に向けられるものであり「動作中に肩甲骨を寄せて胸を張って立つ」などがこれにあたる。対して、外的なフォーカスは、身体以外のシューズや地面など環境に注意を向けるものであり「T シャツが鏡に対して真っ直ぐになるように立つ」などである。
改善させたい動作に向けて行う注意が内的なフォーカスの場合は、ワーキングメモリへの要求が多く必要とされパフォーマンスの低下を引きおこす可能性がある。その為、ワーキングメモリに負荷をかけない外的なフォーカスの方が動作改善には効果的であるといえる。外的なフォーカスの指示や指導の場合には、指示する外的な内容がバイオメカニクス的に特異的かどうかであるかが大切となる(Adam et al. 2016)。もし、外的なフォーカスで指示を行ったとしても、それがバイオメカニクス的に特異的でなければ、意味を持たない指示となってしまう。表 1 にスプリントパフォーマンス改善のための外的なフォーカスの指示の具体例を示す。
スプリントパフォーマンスを向上させるための口頭で指導、指導、そしてフィードバック
加速の指導と指示 | 最大速度の指示と指導 |
---|---|
押せ | 地面を叩け |
進め | 堂々と走れ |
爆発的に | 姿勢を真っ直ぐに |
草を刈れ(a) | まだげ |
柱を押し込め(c) | 踏み降ろせ |
スタティングブロックから爆発的に飛びだせ | 高くブロックしろ(b) |
スタートブロックから力強く飛びだせ | 地面を強く打て |
トラックを引き裂け | 釘を打て |
叩いて加速し、徐々に立ち上がれ | 地面に向かって加速しろ |
地面から爆発的に飛びだせ | 爆風のように走れ |
地面を爆発的に押し返せ | ゴールを駆け抜けろ |
できるだけ速くスタートラインから飛びだせ | ゴールの3m先まで走れ |
上り坂を走るように走りだせ | 最大努力で地面を押せ |
追われているように走りだせ | リラックスしろ |
離陸するジェットのようにスタートラインを爆発的に離れ ろ | できるだけ速く走れ |
誰かがあなたの前にきたら、彼らを後ろに引き戻せ | |
地球を後方に回転させるように地面を蹴れ | |
靴ひもを空中に飛ばせ | |
地面を後方へ蹴り飛ばせ | |
ムチがしなるように地面を爆発的に蹴れ | |
風の中にいるように走れ |
- (a)「草を刈れ」は、加速での最初の数歩で踵の回復位置が低いアスリートに対して「つま先で草を刈れ」と伝える言 葉である。
- (b)「高くブロックしろ」は、大腿部を90度近くまで上げて足が設置するまでの加速時間を伸ばし、床反力を増大させ るように伝える言葉である。
- (c)「柱を押し込め」は、接地時の力のベクトルに沿って地面に力を加え、効率の良い力の適用を行うように伝える言 葉である。
サポートに携わっている中で、基本的にエクスターナルフォーカスに注意を向けた指示や指導の方がインターナルフォーカスに比べて、選手の動作改善が大きように思う。しかし、日頃の練習中から身体の感覚を大切にしている選手は、インターナルフォーカスの方が動作改善しやすい場合もある。その為、サポートを行っている選手とコミュニケーションをとり、選手のトレーニングレベルや意識の向け方などを考慮してサポートする必要があると考えている。
【参考文献】(1)Adam Benz,Nick Winkelman,Jared Porter,Sophia Nimphius. Coaching Instructions and Cues for Enhancing Sprint Performance. Strength and Conditioning journal Volume 38, Number 1,pages 1-11,2016.