「体幹トレーニングをやっている」。そう聞いて多くの人がイメージするのは、プランクやクランチではないでしょうか。しかし、野球選手(投手・野手・打者)にとって必要な体幹トレーニングは、ただ「お腹を固める」だけでは不十分です。今回は、最新の研究知見をもとに、なぜ体の”中心部”を鍛えることが肩・肘の傷害予防につながるのか、そしてどのようなトレーニングが現場で有効なのかを解説します。
プロ野球の傷害コストから見えてくること
MLBでは投手の傷害に対して年間平均1,100万ドル(約16.5億円)以上が費やされ、リーグ全体での年俸損失は4億ドル(約600億円)を超えると報告されています。過去18年間の累計では、投手傷害への支出は20億ドル(約3,000億円)を上回ります。
一方、日本でも状況は深刻です。10代の野球選手が尺側側副靭帯(UCL)再建術(いわゆる「トミー・ジョン手術」)を受けるケースは年々増加し、アマチュアレベルでの投球腕の傷害はプロや大学レベルを上回るペースで増えています。

「近位キネティックチェーン」とは何か
投球・打撃・送球という野球の基本動作は、すべて「連鎖的な回旋運動」によって成立しています。この連鎖を担う骨盤〜体幹〜コアにかけての筋・関節系を近位キネティックチェーンと呼びます。
エネルギーの伝わり方:地面から指先まで
ボールを投げるとき、エネルギーは「地面→下肢→骨盤→体幹→肩→肘→手首→指先」という順番で伝わります。この伝達がスムーズであれば、末端(肩・肘)が担う負荷は小さくて済みます。
テニスのサーブ研究では、近位部の角速度が20%低下すると上肢の運動エネルギーが34%増加することが示されています。つまり、体の中心の出力が落ちると、肩・肘がその分だけ余計に働かなければならないのです。

「回旋の順序」が乱れると何が起きるか
理想的な投球では「骨盤のピーク角速度 → 体幹のピーク角速度」という順序でエネルギーが伝わります。しかし、体幹が骨盤より先にトップスピードに達してしまうと(いわゆる「開きが早い」状態)、上肢はより大きな力を自ら発生させなければならず、減速する力も弱まり、肩・肘への負荷が急増します。
「腹腔内圧」が投球速度・打球速度を左右する
腹腔内圧(IAP)とは、お腹の中の圧力のことです。横隔膜・腹壁・腰部の筋群が協調して収縮することで高まり、脊柱を内側から支え、骨盤・体幹間のエネルギー伝達を促進します。

研究では、バックスクワット時にリフティングベルトを使用すると腰部脊柱起立筋の神経動員が高まり、ベルト装着群はベルトなし群と比べて筋活動に変化がなくても下半身のパワーが増加することが示されています。これは腹腔内圧が「パワー増幅装置」として機能することを示しています。
現場で使える3つのトレーニングアプローチ
ここからは、実際のトレーニングで活用できる3つのアプローチを紹介します。いずれも最小限の器具で実施可能で、投手・野手・打者問わず有効です。
① パロフプレスのバリエーション
パロフプレスは「アンチローテーション(反回旋)エクササイズ」の代表格です。バンドや相手の補助で横方向の力に抵抗しながら体幹を安定させます。

| バリエーション | ポジション | 主なターゲット | 難易度 |
|---|---|---|---|
| スプリットスタンス | 前後脚を分けて立つ | 骨盤安定・体幹 | ★★☆ |
| シングルレッグ | 片脚で立つ | 腰椎骨盤コントロール | ★★★ |
| ハーフニーリング | 片膝立ち | 腹横筋・骨盤底筋 | ★★★ |
等尺性収縮(アイソメトリクス)で1レップ20秒、セット間60秒休息が基準です。初期負荷として幅1インチ(約2.5cm)のバンド2本が目安です。
② 統合プランクエクササイズ
プランクは「腹部・側面・背面を同時に動員する基本エクササイズ」です。ただし、野球選手には「投球腕に負荷をかける」応用バリエーションが有効です。投球腕側のダンベルを保持することで、ローテーターカフの等尺性負荷が高まり、近位と遠位が同時にトレーニングされます。

③ 統合デッドバグエクササイズ
デッドバグは腰痛予防・リハビリに広く使われますが、野球選手向けには「対側の腕と脚を同時に伸ばしながら腹腔内圧を高め、ダンベルを用いたアイソメトリックプレスを加える」バリエーションが特に有効です。
脊椎の過伸展を防ぎながら上下肢の対側パターンを動員することで、投球動作に近いキネティックチェーンのトレーニングが可能になります。

シーズンを通したトレーニング管理の考え方
近位キネティックチェーンのトレーニングは、年間を通して継続することが重要ですが、シーズンの進行に合わせてボリュームを調整する必要があります。

LIME PERFORMANCEではこう指導する
当社では、科学的根拠に基づきながら、選手一人ひとりの競技レベル・ポジション・傷害歴・身体的特性に合わせた個別プログラムを設計します。


まとめ:肩・肘を守るための「中心部」強化
野球における傷害予防の鍵は、肩・肘などの末端(遠位)を直接鍛えることではなく、エネルギーの源となる近位部(骨盤・体幹・コア)の筋力とコーディネーションを高めることにあります。
腹腔内圧を適切なタイミングで高め、体幹の回旋順序を整えることで、投球腕・リード腕が担うエネルギー生成の負担が軽減され、疲労による代償動作と傷害リスクが下がります。
初心者から競技レベルの選手まで、今日からできる第一歩は「適切な腹圧の習得」です。まずは呼吸の見直しから始めてみましょう。
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Crotin RL, Iniguez XR, Carlson EM. Proximal Chain Strength and Coordination Concepts to Maximize Injury Protection and Transfer of Training Effects for Competitive Baseball Players. Strength and Conditioning Journal 46(2): 224-233, 2024.(NSCA JAPAN訳掲載:Volume 33, Number 1, 2026)
※本コラムは上記文献の知見をもとにLIME PERFORMANCEが独自に再構成したオリジナルコンテンツです。文献の翻訳・複製ではありません。

