── 筋力トレーニングの発展:競技力向上と傷害予防
監修:尾山末雄(NSCAジャパン初代事務局長)
編集:田中礼人(ライム・パフォーマンス株式会社 代表取締役)
CSCS / NSCA-CPT / NSCAジャパン マスターコーチ / 男子卓球日本代表 S&Cコーチ
S&Cとの出会い:1988年、ロサンゼルスの病院で
「ストレングス&コンディショニング」(以下S&C)という言葉を初めて聞いたのは、1988年のことである。当時、東京読売巨人軍のトレーナーを務めていた私(尾山末雄氏)は、膝の靭帯を3本断裂した選手に帯同し、手術のため米国・ロサンゼルス ドジャースのチームドクター、故 Frank W. Jobe 先生の病院を訪れた。
Frank W. Jobe 先生:肘の内側側副靭帯再建術(トミー・ジョン手術)の考案者。スポーツ医学の世界的権威。
帯同期間が長かったこともあり、Jobe 先生から多くのことを学ぶ機会に恵まれた。先生が特に強調されたのが「コンディショニングの重要性」である。「チームドクターの第一の任務は傷害の予防だ」という言葉は、今も胸に刻まれている。
選手はチームの財産であり、その財産管理人の責任者こそがチームドクターである。米国でアスレティックトレーナーの権限が高いといわれるのも、財産管理人・医療チームの責任者であるチームドクターの権限が高いからにほかならない。
米国のアスレティックトレーナー(ATC®):NATA(米国アスレティックトレーナーズ協会・1950年設立)が管轄。スポーツ現場で外傷・傷害の予防・評価・応急対応・リハビリ・コンディショニング管理を専門に担う。1970年よりBoard of Certificationが資格を発行。受験にはNATA認定大学の学位(修士号への変更が決定)が必要。日本ではJSPO-AT(公益財団法人日本スポーツ協会)が1994年より養成開始。
Jobe 先生は、効果的な傷害予防プログラムにはストレッチング(柔軟性)・筋力トレーニング・スポーツ活動・休息の適切なバランスが不可欠だと語られた。特にプログラムは、最も傷害を受けやすい筋肉・靭帯・腱などの軟部組織構造にフォーカスすべきだという。これがS&Cへの入口だった。
コンディショニングとはなにか
スポーツに参加する以上、傷害を完全に撲滅することはできない。選手が全力を出したり、相手と接触したり、物を打ったり投げたりすることで、直接・間接的に様々な傷害リスクが生じる。「スポーツで体を鍛える」のではなく、「先にスポーツに参加できる体を作る」ことが重要なのだ。
コンディショニングとは:行うスポーツの競技力を最大限に高めるための身体的準備。競技力を構成するすべての体力要素(筋力・パワー・筋持久力・心肺持久力・スピード・敏捷性・柔軟性など)をトレーニングし、競技力を向上させること。
S&Cの定義
「ストレングス(Strength)」は筋力を指す。「コンディショニング」は競技力を最大化するための総合的な体力準備である。筋力はコンディショニングの中に含まれる要素だが、パワー・筋持久力・スピードなど筋力由来の体力要素の重要性を強調するため、あえて「ストレングス&コンディショニング」と二重表記している。
NSCAとの出会い、そしてCSCS合格
1988年の帰国後、傷害予防をさらに深く学ぶため渡米を決意した。ネブラスカ州リンカーン市にある「全米ストレングス&コンディショニング協会」(NSCA)の事務局と、NSCA発祥の地であるネブラスカ大学リンカーン校のトレーニングルーム・ストレングスルームで2年間の実習経験を積んだ。
実習中、特筆すべき出来事があった。ネブラスカ大学のS&Cコーチ達より、私がCSCS認定試験に先に合格したのである。現場で日々トレーニング指導を行う彼らよりも先に合格できたことは、日本から持ち込んだ科学的知識と実践への強い意欲が実を結んだ結果だと感じている。この経験がその後の活動の大きな自信となった。
| 🏋️ CSCS(認定ストレングス&コンディショニング・スペシャリスト®)とは NSCAが発行するS&Cの最高位資格。受験には学位が必要(2030年より受験規定変更予定)。試験はS&C指導者・研究者による職務分析に基づき、科学的基礎知識から実践応用まで網羅する包括的な内容。全米資格認定委員会の基準に則し、知識・技術・能力が業界専門家の定めた適正レベルに達しているかを判断する。 |
NSCAの設立と S&C の発展
「S&C」という言葉を世界に広めたのは、1981年に米国で設立されたNSCA(National Strength & Conditioning Association)である。その前身は1978年の”National Strength & Coachs’ Association”。「S&Cコーチとスポーツ科学者のギャップを埋める」ことを使命とし、科学的知識の普及を掲げてきた。
日本では1991年、早稲田大学教授の窪田登先生を理事長にNSCA日本支部が設立され、S&Cの普及が始まった。米国とのスポーツ文化の違いから人材養成・普及は容易ではないが、確実に根を張りつつある。
日米のS&Cコーチ育成経路の違い:米国では体育・スポーツ科学系大学卒業→CSCS取得→ヘッドコーチのもとでボランティア(1〜2年)→大学院進学+アシスタントコーチ(薄給)→大学・プロチームへ就職(高学歴必須)という明確なキャリアパスが存在する。ネブラスカ大学の場合、収入約100億円・28部門・284名従業員、S&Cコーチ19名・AT 29名(医師5名含む)・スポーツ栄養士21名・スポーツ心理士4名という体制。
S&C 発展の歩み:年代別タイムライン
| 1900年代 | 柔道の父・嘉納治五郎氏が「近代ボディビルの父」ユージン・サンドウの筋力トレーニング法を日本に初導入。1938年、若木竹丸氏が「怪力法並に肉体改造体力増進法」を出版し普及に貢献。 |
| 1920年代 | テキサス大学がクロスカントリー・レスリングに重量挙げを導入。13年連続クロスカントリー優勝・多数の全米チャンピオン輩出。一方「筋力トレーニングは動作を遅くする」という迷信も根強かった時代。 |
| 1940-50年代 | Delorme&Watkinsによるリハビリ研究(漸進的筋弛緩法:10RMを基準に負荷を徐々に増加)が登場。パワーと筋持久力はトレーニング法が異なることを提唱。S&Cが傷害回復に有効と立証される。 |
| 1960年代 | 早稲田大学・窪田登先生がウエイトトレーニングをスポーツトレーニングに導入(日本)。1964年東京オリンピックを機に東京大学に国内初のトレーニング体育館が誕生。石井直方先生もここから育った。 |
| 1963年 | サンディエゴ・チャージャーズがNFLで筋力トレーニングを実施し優勝。プロスポーツにおけるS&Cの有効性が初めて認識される。 |
| 1970年代 | ネブラスカ大学がS&Cプログラムで先駆的成功。他大学に波及し施設拡充が加速。「特異性の原則(SAID)」が注目を集め始める。 |
| 1978年 | NSCAの前身”National Strength & Coachs’ Association”設立。 |
| 1981年 | NSCA設立。Stone・Garhammer がフリーウエイトが筋力・パワー開発に優れると発表。 |
| 1980年代前半 | NCAのディビジョン1に属する250大学がS&Cプログラムを採用。ピリオダイゼーション(期分け)の概念が普及。 |
| 1986年 | 森谷敏夫先生(京都大学名誉博士・元NSCAジャパン理事長)が「トレーニング初期の筋力向上は神経系の適応による」説を発表。現在も運動生理学の定説。 |
| 1988年 | 尾山末雄氏、ロサンゼルスにてFrank W. Jobe先生よりS&Cの重要性を学ぶ。翌年ネブラスカ大学にて2年間実習。ネブラスカ大学S&Cコーチ達に先駆けてCSCS取得。 |
| 1991年 | 窪田登先生を理事長に日本初のNSCA日本支部設立。 |
| 1990年代 | 女性アスリートへのS&C普及。80年代の筋力偏重からパワー・スピード向上へと焦点が広がる。 |
| 2002年 | ACSMの依頼でKraemer博士ら「健康な成人のための筋力トレーニング進行モデル」を公式声明として発表。 |
| 2004年 | コロラド州警察特殊部隊向け「タックティカルS&Cファシリテーター(TSAC-F)」プログラム開始。S&Cが軍・警察・消防など一般競技以外にも拡大。 |
科学的根拠の積み重ねが S&C を変えた
かつて「筋力トレーニングで筋肉が硬くなる」「ボディビルダーのような体型になる」「柔軟性が失われる」といった迷信が横行した時代があった。しかし科学的研究が積み重なるにつれ、実際には筋量の増加により柔軟性は向上し、よりよいコーディネーションが維持できることが明らかになった。
オレゴン州立大学のJohn Patric O’Shea博士は、「非科学的な練習に熱中する者は、舵もコンパスも持たない船に乗り、どこへ向かっているのか確信を持てない船乗りのようなものだ」とレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉を引用した。
特異性(Specificity)・過負荷(Overload)・漸進性(Progressive Overload)の原則に基づいて設計されたトレーニングプログラムを持ち、現場に臨む。それがS&Cの本質である。
LIME PERFORMANCE の実践:歴史から学ぶ3つの視点
| ① 傷害予防こそS&Cの出発点 Jobe先生の言葉を借りれば「チームドクターの第一の任務は傷害の予防」。LIME PERFORMANCEでも傷害予防と競技力向上を常に両輪として捉え、ウォームアップ・クールダウンの徹底・ソフトティッシュの強化を重視したプログラム設計を行っている。 ② 「先にスポーツに参加できる体を作る」 卓球男子日本代表チームのS&Cサポートでも、技術練習に入る前の身体準備段階を特に重視。選手が高いコンディションで毎回の練習に臨めるよう、年間を通じた体力管理とモニタリングを実践している。 ③ 科学的エビデンスと現場経験の統合 NSCAの歴史が示すように、S&Cはスポーツ科学者とコーチの協働によって発展してきた。CSCS・NSCAジャパン マスターコーチの資格を持つコーチ陣が、最新の研究知見を現場で検証・実践するLIME PERFORMANCEのアプローチは、まさにこの歴史の延長線上にある。 |
まとめ
S&Cは「鍛える」という単純な行為から出発し、科学・医学・コーチングの融合によって現在の姿へと発展してきた。筋力トレーニングへの迷信が払拭され、傷害予防と競技力向上の両立が実証され、そして世界中のアスリートを支えるプロフェッショナルな職域が確立された。
その歴史の入口には、ひとりのスポーツドクターの「選手はチームの財産だ」という言葉があった。S&Cに携わる者は、みな選手の可能性を守る財産管理人である。この原点を忘れずに、LIME PERFORMANCEはこれからも現場に立ち続ける。
参考文献・関連資料
・尾山末雄(NSCAジャパン初代事務局長)「ストレングス&コンディショニングの歴史」講義原稿
・NSCA Japan公式サイト https://www.nsca-japan.or.jp
・Baechle TR, Earle RW. Essentials of Strength Training and Conditioning, 4th ed. Human Kinetics, 2016.
・Stone MH, O’Bryant H, Garhammer J. A theoretical model of strength training. NSCA Journal. 1981.
・Delorme TL, Watkins AL. Technics of progressive resistance exercise. Arch Phys Med. 1948.
・American College of Sports Medicine Position Stand. Progression Models in Resistance Training for Healthy Adults. Med Sci Sports Exerc. 2002.
© LIME PERFORMANCE Co., Ltd. 無断転載を禁じます。

