カテゴリ:トレーニング理論/特別な集団/S&Cコーチング/リハビリ・傷害予防
はじめに:「1RMの何%」では届かない人たちがいる
筋力トレーニングの強度を決めるとき、多くのコーチやトレーナーは「1RM(1回最大挙上重量)の○%」という方法を使います。これはスポーツ現場では非常に合理的な指標です。
しかし、現場で実際に向き合う対象者が高齢者であったり、慢性疾患を抱えていたり、妊娠中であったり、リハビリ中だったりした場合——「最大重量を測ってから処方する」というアプローチは、安全でもなく、現実的でもありません。
そこで近年、注目が高まっているのが RIR(Repetitions in Reserve)法、日本語では「残り反復回数法」と呼ばれるアプローチです。
簡単に言うと、「あと何回できるか」を基準にしてトレーニング強度を管理する方法です。
本記事では、このRIR法がなぜ特別な集団に有効なのか、そして現場でどう使えばいいのかを、S&Cコーチとしての実践知をもとに解説します。
そもそも、従来の強度管理法の何が問題なのか
① %1RM法の限界
1RMを正確に測定するには、セッションを複数回重ねて対象者をエクササイズに習熟させ、かつ最大努力のテストを実施する必要があります。これは健康な成人アスリートには問題ありませんが、特別な集団に対しては次のようなリスクがあります。
- 傷害リスクの増大
- 過度な疲労と長い回復期間
- トレーニングへの恐怖感・継続率の低下
- 日々のコンディション変化に対応できない
さらに根本的な問題として、筋力が向上するにつれて同じ絶対重量の「相対的な強度」は下がっていきます。定期的に1RMを再測定しなければ、処方が実態から乖離していくわけです。
② 速度基準トレーニング(VBT)の限界
動作速度を計測して強度を管理するVBTは、科学的根拠が非常に高い方法です。しかし、専用の計測機器(直線位置変換器や加速度センサー)が必要であり、コスト面での障壁があります。また、この方法はバーベルを使った垂直方向の動作に適用が限られており、エラスティックバンドや自重エクササイズには使いにくいという問題があります。
③ RPE(主観的運動強度)の限界
RPEは手軽で有用な指標ですが、同じRPE値でも%1RMとの対応関係がエクササイズや対象者によってバラつくため、「どのくらいの重量で何回やるか」という具体的な処方には結びつきにくい面があります。
RIR法とは何か:「あと何回できるか」を数値にする
RIR法は、「そのセットで実際に行った回数」と「失敗するまでに実施できる最大回数」の差を定量化します。
たとえば、あるエクササイズを最大15回できる重量で10回実施した場合、RIRは5です。つまり「あと5回できる状態でセットを終えた」ということを意味します。
この考え方を4段階の努力度として整理すると、現場での使い勝手が格段に上がります。
低い努力度(RIR:10以上) 実施可能な回数の半分以下しか実施しない状態。爆発的なパワー系エクササイズや、神経系の活性化を目的とした軽負荷のトレーニングで用います。
中程度の努力度(RIR:約半分) 実施可能な回数のちょうど半分を実施する状態。最大下での神経筋活性化が目的のとき、または疲労管理を優先したいときに使います。
高い努力度(RIR:1〜3) 実施可能な回数の半分以上を実施し、残り回数が少ない状態。筋力・筋肥大を目的とする一般的な処方の強度帯です。
最大の努力度(RIR:0〜1) 完全な筋力の限界か、その1回手前まで行う状態。健康な上級者やアスリートに用いる強度で、特別な集団には原則として適用しません。
なぜ特別な集団にRIR法が有効なのか
特別な集団——高齢者、慢性疾患患者、妊婦、リハビリ中の方——に対して、RIR法が優れている理由は主に3つあります。
1. 最大筋力テストが不要 傷害リスクを伴う1RMテストを実施しなくても、実際のセットの中でリアルタイムに強度を調整できます。
2. 日々のコンディション変化に対応できる 疲労度、痛み、意欲などはその日によって変わります。RIR法では、セットのたびに「今日の自分の状態」に合わせた強度設定が可能です。固定された%1RMでは、コンディションが悪い日にオーバーワークになるリスクがあります。
3. 心理的なハードルが低い 「最大まで追い込む」という指示は、特別な集団に対して恐怖心や拒絶感を生む場合があります。「あと3回は余裕がある状態でやめていい」という処方は、安心感を生み出しトレーニングへの継続意欲を高めます。
現場での具体的な使い方:2つの事例
事例① 慢性疾患患者への筋力向上プログラム
多発性硬化症の患者さんを例に取ります。目的は筋力向上。使用エクササイズはレッグプレスとシーテッドロウです。
まず、「最大8回できそう」と見積もった重量で1セット実施します。もし8回以上できてしまった場合は、その重量の強度が不足していることを意味するため、重量を増やして再確認します。6〜8回でちょうど限界に近い重量が確認できたら、本セットでは8回の完了を指示します。ただし、6回目以降はいつでも終了してよいと伝えます。
セット終了時のRPEは10段階で7〜8程度を目安にします。これが「高い努力度」の処方です。
指導現場からのヒント:医療専門職が同席している環境では、セットごとに患者の顔色・呼吸・動作の質を観察しながら重量を微調整できます。RIR法はこの「セットをまたいだ動的な強度調整」と非常に相性がよいです。
事例② がん治療中の患者への筋持久力プログラム
乳がん治療中の患者さんへ、エラスティックバンドや自重を使った筋持久力プログラムを処方する場面を考えます。
まず、ある抵抗レベル(または特定の距離でバンドを引く)で、最大何回できるかを1セットかけて確認します。例えば20回できた場合、筋持久力を目的とするため「中程度の努力度」として10回を処方します。RPEは10段階の4〜6が目安です。速度の低下も最小限(10〜20%程度)に収まります。
指導現場からのヒント:エラスティックバンドや自重は%1RMで管理できません。このような器具では、RIRが実質的に唯一の定量的な強度指標になります。これがRIR法の大きな強みの一つです。
指導上の注意点:RIR法を使うときに押さえておくべきこと
習熟に時間がかかる:最初から正確にRIRを推定できる対象者はほとんどいません。特に経験の浅い方は過小評価(実際より余裕があると感じる)する傾向があります。最初の数セッションはコーチが観察しながら「本当にあと○回できそうか」を確認する対話を丁寧に行いましょう。
セット後に確認する習慣をつける:「終わった直後に、あと何回できたと思うか」を必ず言語化させます。これを繰り返すことで、対象者自身のRIR推定精度が向上します。
RPEとセットで使うとより精度が高まる:RIRと10段階RPEを連動させて使う(RIR3ならRPE7、RIR1ならRPE9という対応)ことで、コーチと対象者の間で強度の認識を共有しやすくなります。
筋力の限界を目指さない:特別な集団に対しては、RIR0(完全な限界)は原則として設定しないことが基本方針です。RIR2〜3を「実施可能な最高強度」として扱うことが安全管理の観点から推奨されます。
まとめ:「今日のあなた」に合わせたトレーニングのために
RIR法は、最大筋力テストなしに、対象者の日々のコンディションに合わせた安全・効果的な強度処方を可能にします。高齢者、慢性疾患患者、妊娠中の方、リハビリ中の方など、従来の%1RMアプローチが適用しにくい集団ほど、この方法の価値は高まります。
まだ国内での認知は高くありませんが、エビデンスの蓄積とともに、今後の特別な集団への運動処方において中心的な役割を担う可能性があります。
ライム・パフォーマンス株式会社では、NSCA認定CSCSおよびCPTとして、慢性疾患をお持ちの方・高齢者・産前産後の方など、特別な集団への個別最適化されたトレーニングプログラムを提供しています。「どんな強度でトレーニングすればいいかわからない」という方は、ぜひ一度ご相談ください。
参考文献 Maroto-Izquierdo, S., López-Ortiz, S., Peñín-Grandes, S., & Santos-Lozano, A. (2025). Repetitions in Reserve: An Emerging Method for Strength Exercise Prescription in Special Populations. Strength and Conditioning Journal, 47(3), 317–327.

